千本楠

〒899-3301 鹿児島県日置市吹上町中原東宮内

大汝牟遅神社の参道東側に10数本の巨楠の森がある。倒れ伏して朽ちた楠は、根回り18mもあったという。明治43年に博覧会に出品した切株によると、樹齢800年以上と推定された。

元外相 東郷茂徳記念館
元外相 東郷茂徳記念館

〒899-2431 日置市東市来町美山1690番地4

陶郷に生まれ、激動の世界を舞台にした外交官の軌跡鹿児島県を代表する工芸品である薩摩焼の技法を、美山に花咲かせた陶工たちの未裔で外交官として身を立て、太平洋戦争の開戦・終戦時に、外務大臣を務めた東郷茂徳氏の生涯を、時代背景とともに遺品・パネル・マルチ画面で展示紹介します。 「元外相東郷茂徳記念館」は、太平洋戦争という激動の時代を東郷茂徳氏の生涯とともに展示案内する施設です。 大迫力の2画面マルチ映像による<美山と東郷茂徳>では、美山・薩摩焼の歴史、そして、一つの時代を背負い行動することになった氏の疾風怒濤の人生を伝えます。 ほかに、プロローグギャラリー・氏の生涯を4つに分けた展示パネル(生い立ち、青年時代・外交官時代・外相時代・晩年)・遺品などが常設展示されています。

大汝牟遅神社
大汝牟遅神社

〒899-3301 鹿児島県日置市吹上町中原東宮内2263

当初ここに邇邇芸尊がおとずれ大神神社を勧請し、その後文治2年(1186年)に島津忠久が鶴岡八幡宮から八幡神を勧請したとされる。発祥は判然としないが、室町時代には地元を支配していた島津氏分家の一つ・伊作家の尊崇を受けるようになった。参道は楠の巨木が群生しており「千本楠」と呼ばれている。(参照元:wikipedia)

吹上歴史民俗資料館
吹上歴史民俗資料館

〒899-3301 鹿児島県日置市吹上町中原

吹上地域の歴史と民俗に関する資料を展示している。吹上地域で発見された古代の遺物や江戸時代の行政文書など貴重な資料がある。大人100円。小人50円。土・日曜日、祝日、年末年始休館。

旧黒木回春堂医院
旧黒木回春堂医院

〒899-3221 鹿児島県日置市吹上町永吉14307

医院として造られた木造平屋の洋風建築の建物である。昭和3年に建てられ昭和53年まで開業していた。洋風ではあるが、随所に和風建築の技術が生かされた特徴ある造りである。

浜田橋
浜田橋

〒899-3221 鹿児島県日置市吹上町永吉15797先から15798

永吉川下流にかけられた3連アーチの石橋で、大正2(1913)年に造られた。石材は近くの浜田橋を使用したという。長さ45m、幅4.1m、高さ6.5mで、実際に使われている石橋としては県内で最も長いとされている。

海蔵院跡
海蔵院跡

〒899-3303 鹿児島県日置市吹上町湯之浦

真言宗の寺院で応永5(1398)年に創建で、伊作郷最大の寺院であった。島津忠良(日新公)は7歳から15歳まで当院8代住職頼増の教育を受けた。五輪塔・宝篋印塔・月輪塔など80数基の様々な石塔が残っている。

小緑山西福寺跡
小緑山西福寺跡

〒899-3304 鹿児島県日置市吹上町入来326

臨済宗多宝寺の末寺で開山普宅和尚の墓がある。普宅和尚が水神から授かったと伝えられる水剣には、水難や火難を防ぐ力があるとされ、水剣の絵を家に掲げる風習が明治まで続いたという。

梅天寺跡
梅天寺跡

〒899-3221 鹿児島県日置市吹上町永吉3761-2

元中2(1385)年石屋禅師が建立した妙法寺を、永吉島津氏が梅天寺と改めた。永吉島津氏初代の家久の墓や五輪塔などが残っている。家久は伊作亀丸城で生まれ、島津の九州制覇の先頭で戦った戦国武将である。

南郷城跡
南郷城跡

〒899-3221 鹿児島県日置市吹上町永吉14011-1

鎌倉時代の日置南郷の郡司であった覚弁を始祖とする桑波田氏の居城であった。深い谷と絶壁に囲まれた雄大賢固な山城である。天文2年(1533)、城主桑波田孫六が島津忠良(日新公)にそむいたので、攻め落とされた。

田中城跡
田中城跡

〒899-3311 鹿児島県日置市吹上町和田2145-1

建久年間(1190年代)に和田八郎親純が居城したと伝えられる。親純は平姓伊作氏の養子となり、伊作郷を領し伊作地頭の職を子孫に伝えた。一族は大いに繁栄したが南北朝の動乱を境に衰えていった。

天昌寺跡
天昌寺跡

〒899-3221 鹿児島県日置市吹上町永吉14884-6

 元中2(1385)年に石屋禅師が建立した。日向佐土原城主島津豊久は、関ヶ原の戦いで伯父の島津義弘を守って戦死した。豊久の遺臣は永吉に移住、豊久の墓をここに建てた。以後は永吉島津氏の代々の菩提寺になった。

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